Sky and Ground

第3話『不穏』


朝の太陽が降り注ぐ港町、ワードレード。
ダグとデルガノは昨日の朝にガイアへと戻り、品物を仕入れて今日またテンクウへと向かうところであった。
またいつものようにテンクウの商業地区で商売をするのである。
2人は大きな荷物を抱えて飛空船場へと向かった。
すると、飛空船場のまわりに大きな人だかりができている。朝の飛空船はだいたい混んでいるが、それにしても人が多すぎる。みんなそれぞれ荷物を抱えているのを見ると、ほとんどが貿易屋らしい。
「何だ、何かあったのか?」
ダグが言うと、
「飛空船が故障でもしたか?…行くぞ、ダグ。」
と、言ってデルガノはその大きい体で人混みの中に入って言った。慌ててダグもついていく。デルガノの存在に気づくと、貿易屋の男達は次々と道を開けていった。ついに人混みの先頭にたどり着くと、そこには飛空船場の職員がいて、そのうしろの飛空船の乗り場の前にはロープが掛けられていて、入れないようになっている。
「おい、どうなってんだよ兄ちゃん、飛空船は動いてないのか?」
デルガノがぐっと顔を近づけて言うと、職員は迫力に押されて一歩後ずさりをした。
「は、はい。飛空船は休止しています。再開のめどは立っていません。」
「はぁっ!?なんだと!?」
迫力に負けてもう一歩下がる。
「どーいうことだ、それは!飛空船が動かなきゃ商売にならねえだろうが!!」
「しかし…テンクウの飛空船場が一方的に飛空船場を封鎖すると告げてきたのです。飛空船を出してもテンクウに停まることはできません!…こっちだって困ってるんですよ。」
「封鎖だと…?いったいどういうつもりなんだ、テンクウは!」
「こっちが知りたいくらいですよ…と、とにかく、飛空船は運行していません!
「……ちっ…。」
テンクウ側が封鎖をしているなら、ガイアの飛空船場の職員に文句を言ってもしかたがない。
2人はなぜ封鎖なのかわけのわからないままに、仕方なく家へと帰って行った。
「どうするんだよ、親分。飛空船場が封鎖なんて…。」
ダグが不安げに言った。
「知らねえよ。…でもまあ、じきにまた再開するさ。飛空船場封鎖は国にとっても問題だからな、国がなんとかしてくれるだろ。」
「そうかなあ…。」
ダグはそうつぶやいて空を見上げた。青空の中にテンクウが小さく見える。
――封鎖なんて…あの国で何があったんだろう…
そう思いながら、いつもよりずっと早い家路についた。





「どういうことです、バルダーノ殿。」
テンクウ城の一室で、グレイスはバルダーノに飛空船場のことを問いただした。
国民から封鎖の話を聞いて飛空船場に向かったグレイスは、そこの職員から執事バルダーノの命令があったと聞いたのだった。
「国民からは突然の飛空船場封鎖に関する非難がたくさん上がっています。」
「…そうであろう。そうなることはわかっていた。」
バルダーノは落ち着いた態度でそう答える。
「ではなぜそのような事を?」
「陛下の命令である。それ以外に理由はない。」
「陛下が…。…バルダーノ殿はその命令が正しいとお考えなのですか?」
「…いや…。」
「ではなぜ止めなかったのですか?時に止める事も執事の仕事でしょう。それをなぜ…」
「わかっている!!」
突然バルダーノが叫んで、グレイスの言葉を遮った。一瞬部屋がしんとする。
「…わかっている……私は止めようとした。しかし…陛下は聞き入れようとはしなかった。」
グレイスは黙ったままである。
「私はもう、陛下に逆らうことはできないのだ。」
「…何を言っておられるのです?」
「グレイス殿、陛下は変わった……もう王子である時のようなスカウル陛下ではない。」
哀愁さえ漂うような目をグレイス向けて、ふっと微笑した。
バルダーノが何を言っているのか、グレイスには理解ができなかった。
その時、部屋のドアをノックする音が聞こえて、1人の兵士が入ってきた。
「兵士長、飛空船が一隻こちらに向かってきています。飛空船の紋章からして、どうやらガイア王室の飛空船のようなのですが…。いかが致しますか。」
「ガイア王室の飛空船…。おそらく急に封鎖をしたから、封鎖解除を求めに来たのだろうな。…バルダーノ殿、どうしますか?」
「陛下に知らせに行って、その上でどうするかを決めよう。」
バルダーノとグレイスは早速王の間へと向かった。
スカウルは玉座に座り、その前に2人がひざまずいた。
「陛下、只今ガイア王室の飛空船がこちらに向かっているとの情報が入りました。おそらく飛空船場封鎖の事について、王室から使いが出されたのでしょう。」
バルダーノが報告すると、
「ガイアの王室か…。」
とスカウルは呟いた。
「王室の使いですし、一度飛空船場に入れましょうか。」
「…いや、その必要はない。」
「では…いかが致しますか。こちらが対応しないと帰りませんでしょうし…。」
「撃ち落とすのだ。」
想像もしない一言に、一瞬バルダーノの口が止まった。グレイスも驚きの表情を見せる。
「…撃ち落とす…とおっしゃいましたか。」
「テンクウには昔使っていた大砲がいくつかあるだろう。あれを使うのだ。」
「…………。」
バルダーノは黙りこくった。となりにいたグレイスがかわりに口を開く。
「陛下、何をおっしゃるのです!使者を大砲を使って撃ち落とすなど…そのような手荒い事はできません!」
思わず声が大きくなる。
「一度飛空船場へ迎えるべきです。」
「グレイス、お前は黙っていろ。それよりも早く大砲の準備を兵士達に命じるのだ。」
「しかし…大砲の使用はガイアのみならずテンクウ国民からも非難を浴びることとなります。それに…ガイアにいるシファ様の立場も……。」
スカウルはじっとグレイスを睨む。
「…お前は誰に忠誠を誓っているのだ。」
グレイスは一瞬言葉をつまらせた。
何も言えずにしばらく黙った後、ようやく口を開いた。、
「……陛下です。」
と答えた。
「ならば、何をするかはわかっているはずだ。」
「………。」
一度忠誠を誓えば、その者の命令は絶対である。それがグレイスが長い間貫いてきた信念であり、生き様である。
じっと考え込んだ後、グレイスは立ち上がって、
「…大砲の準備をさせます。」
と言うと、王の間を去って行った。
グレイスにはバルダーノの言っていた事がようやく理解できた。
確かに、スカウルは変わっていた。スカウルが小さい頃から面倒を見てきたグレイスには、その変化が痛いほどにわかるのだ。王子の時によく見せた穏やかな表情も、優しい性格も、今は何もかも消え失せて、全く別人になってしまったような気がした。
しかし、テンクウ王家に忠誠を誓った以上、スカウルの命令に背くことなどできなかった。
わずかに残る心の中の迷いを振り払うかのように、グレイスは歩く足を速めた。





最近、不穏な事ばかり起こっている。
父のロゼットが急に亡くなったと思ったら、テンクウは突然、何の通告もなしに飛空船場を封鎖してしまったという話を聞いたし、さっきも大きな低い音があたりに響いて地面がわずかに揺れたのだ。一体あれは何の音だったのかはまだわかっていない。
テンクウで一体何が起こってるのか、全くわからない。
いつものように空の上のテンクウを眺めながらも、テンクウ王家の娘、シファは不安な気持ちを押さえられなかった。
「…シファ様…。」
ユトナは心配そうに声をかける。
「大丈夫ですよ…きっと飛空船場が封鎖されたのは何かの故障か何かですよ。すぐに再開するでしょう…。」
「…そうだといいわね……。」
シファは目線をテンクウからそらすことなく返事をした。
その時、1人の兵士が部屋に入ってきた。何やら慌てている様子である。
「報告いたします。ガイア王室からの連絡で、ガイア王室が出した飛空船がテンクウの大砲によって撃ち落とされたとのことです。」
「なっ…何ですって!?」
ユトナが思わず声を上げた。
「…それは本当なのですか?」
シファが聞くと、兵士は「はい。」と言ってゆっくりと頷いた。
「ガイア王室からシファ様が何か事情をご存じなのではとの打診がありましたが…。」
「…いいえ。私は何も知らないわ。…飛空船のことだって、私が知りたいぐらいだもの。…そう返事をしておいてください。」
「はい。失礼します。」
そう言って、兵士は部屋を出ていった。
よりいっそう不安げな表情を見せるシファの顔を心配そうにユトナがのぞき込んだ。
「シファ様…大丈夫ですか?」
「……ちょっと驚いたの。……さっきのは飛空船が墜ちた音だったのね。」
「大砲を使うなんて……どういうつもりなのかしら。あの大砲はもうずっと使われてなかったはずなのに……。」
「…きっと命じたのはスカウルね。王の命令がない限りあれは使えないはずよ。…もしかしたら、飛空場封鎖もスカウルが…。」
「スカウル様が?でも…そんなことをする方ではなかったはず…。」
「私も信じたくはないけど…。スカウルは何か大変な事をやろうとしてるわ…。何か、平和を崩すようなことを…。」
「平和を崩すって…。」
「大砲を使ってガイアの飛空船を撃ち落とすなんて…ガイアに宣戦布告をしたようなものよ。ガイア王室も、いずれ対策を打つでしょう。」
「そんなっ……でも…シファ様はここにいるんですよ!?」
ユトナは思わず声を大きくした。
「スカウル様はシファ様をガイアに残したまま宣戦布告をしたというのですか!?」
「ユトナ…落ち着きなさい。」
「だって……もし本当にガイアとテンクウの関係が悪化したら、ガイア王室はきっとシファ様を捕らえるわ。そんなことも考えずにスカウル様は…!」
「落ち着きなさい!」
シファは声を張り上げた。ユトナははっとして言葉を失う。
いつも穏やかに話すシファがこんなに声を大きくするのは、長い間仕えてきたユトナも今までに聞いたことがなかった。
「スカウルにはきっと何か考えがあるのよ……そう信じたいわ。それにガイア王室の方はとても良い人ばかりだわ。私を捕らえるなんて……。そんな事は軽々しく口に出すものではないのよ。」
「…はい。」
ユトナはうつむきながら、反省の色を見せる。
「…でも、シファ様。グレイス様は?」
「…え…?」
「大砲を使うなんて…兵士長であるグレイス様が関わってないはずがないわ。…グレイス様はシファ様がガイアにいることを知った上で、大砲を使ったのよ…シファ様はそれでいいんですか?」
真っ直ぐに目を見て問いかけてくるユトナを見て、思わずシファは目をそらした。
「…いいも何も……グレイスは国王に仕える身。スカウルが命令すればそれを忠実に実行する……それだけよ。」
「でもシファ様は…」
「いいのよ。彼は彼の仕事を実行しただけ。何も悪くないわ。」
「………。」
シファはまた窓の方へ向き返って、空に目を向けた。
その目は少し悲しげに見える。
――グレイス……あなたのまわりで何が起こっているの……。





テンクウ城の窓からは、下に広がるガイアの広大な大地がよく見える。
小さく見えるワードレードの町、その西に見えるのがガイア城、そしてその少し北にあるのがサンタティエラ神殿。
――シファ様はご無事だろうか……。
グレイスはずっと考えていた。シファをガイアに残したまま大砲を使用するのは最後の最後まで抵抗があった。
もしこのままガイアとテンクウの関係が悪化したら……そう考えると心配でならない。
――自分のしたことは正しかったのか…。
グレイスはじっとガイアを眺めながら、ふと、そう思った。
砲弾がガイアの使者を乗せた飛空船に直撃し、無惨に墜ちていく様子が脳裏に染みついて離れない。
グレイスが初めて誰かの命を奪った瞬間だった。
大砲で飛空船を撃ち落としてから、多くのテンクウ国民が城に殺到している。
あの大砲は、昔テンクウとガイアの関係が悪かった時に作られたものだった。その時は国王同士の仲が悪く、一時は戦争の一歩手前まで行きかけたのだった。その時に何回か使われたのがあの大砲である。しかし、国民による戦争突入の反対運動が起き、両国王の政権交代が実現されると、次の両国王はガイアをテンクウの関係を回復させ、それから大砲が使われることはなかった。
国民にとって大砲は、戦争に行きかけた忌まわしい思い出の象徴であり平和を崩す象徴でもあった。
なぜ、大砲を使ったのか…城に来る国民は口々にそう問いかける。
グレイスは、その問いに何と答えていいのかわからなかった。
――なぜ…私は大砲使用を命じたのか……。
国王の命令であるから――。それ以外に理由はなかった。しかし国民はそれで納得するはずはない。
自分でも国王の考えに納得していないのだから、当たり前の話である。
――納得していないのに、私は大砲を使ったのか。
しかし自分が兵士長である限り、国王の命令は絶対である。
――国王の命令ならば、私は納得していなくても人の命を奪うのか……?
そんな考えがふと浮かんだ。ガイアの大地を見ると、サンタティエラ神殿が目に入る。
――国王の命令ならば、私は納得していなくても…シファ様を危険にさらすのか……?
それが本当に正しいことなのか……?
じっと、目をつぶって考えた。
頭の中に様々な思いが巡る。
――私は……誰かを殺すために…悲しませるために兵士になったのではない。
はっとして目を見開いた。
――そうだ……そうだった……。
そう思った瞬間、もう体は勝手に動き出していた。
歩く足を速めて、そのうち走って、グレイスは王の間へと向かった。





「陛下!」
王の間にグレイスの声が響いた。その声を聞いたスカウルが、奥の部屋から出てくる。
「何事だ、グレイス。そんな大きな声を出して。」
グレイスはスカウルの前まで歩いて行くと、立て膝をついて、
「お願いがあります。陛下。」
「…何だ。」
「今すぐに飛空船の運行を再開してください。そしてガイア王室への謝罪の書簡を……いえ、陛下自らガイア城へ赴いて謝罪をしてください。もちろん私も共に謝罪致します。」
スカウルは、フッと笑う。
「何を言うんだ。そんなことは必要ない。」
「いえ、陛下。国民からの非難も殺到していますし…国のためにもそれがいいのです。」
「お前が口出しすることではない。政策は私が決定する。お前は私に命じられたことを実行すればいいのだ。」
「……それは違うと気づいたのです。」
「何だと?」
「私は…兵士になってテンクウ王室に忠誠を誓って以来、ずっと国王の命令に従ってきました。それが正しい兵士の道だと思ったからです。今回の大砲の件も、そう思ったから実行したのです。……しかしそれは間違っていました。」
「………。」
「国王の命令であれ、自分が納得もせずに人の命を奪うこと、悲しませる事は……人の道に反する事なのです。」
黙って聞いていたスカウルは、突然高らかに笑い出した。
「お前はよくできた男だ。……だがな、兵士長としては落第だ。」
「陛下…。」
「黙って正確に仕事をこなすのが優秀な兵士長というものだ。人の道などというキレイ事を考える必要はない。」
「……お願いです、陛下!飛空船の再開とガイアへの謝罪を……!!」
グレイスはその場に土下座をして、深く頭を下げた。
「うるさい!!」
スカウルは部屋中に響くような声で叫ぶと、グレイスの胸ぐらをつかんだ。
「…それ以上くだらない事を言ってみろ。お前を反逆罪で牢屋にぶち込む事ぐらい、簡単に出来るのだぞ。」
冷たく光るスカウルの瞳の中に、自分の姿が映っているのが見える。今までに見たことのないようなスカウルの目に、グレイスは悲しみを感じた。
「……わかりました。」
そうグレイスが言うと、スカウルはようやく手を離した。
「フン……。」
グレイスは立ち上がって、服に付いた埃を軽くはたいた。
「私は陛下に従います。しかし……ひとつだけ……私の願いを聞いてください。」
「…まだ何か言うのか。」
「シファ様を…サンタティエラ神殿にいるシファ様をテンクウへ呼び戻す飛空船を派遣してください。」
「姉上を?」
「はい。このままだとシファ様が危険です。今のところガイア王室はシファ様に良くしてくださってますが、これからは何があるかわかりません。」
「……しかし……それはリスクを伴う。飛空船をガイアが攻撃してくる可能性は十分ある。」
「私が1人で飛空船に乗ります。そして必ず無事にシファ様を連れて帰ります。」
「いや、テンクウ一の兵士であるお前に何かあってはならない。そのようなリスクを負ってまで姉上を連れ戻す必要はない。」
「しかし……陛下はシファ様がご心配ではないのですか?」
「…まあ確かに、姉上の持つ特別な魔力は魅力的ではあるな。あの魔力はテンクウにとって大きな力になるだろうな。」
スカウルは冷たく微笑した。
「……それだけですか……?」
グレイスは自分の耳を疑うしかなかった。
「陛下にとってシファ様は、テンクウの力の一部でしかないのですか!?」
思わず声が大きくなる。
スカウルはまた笑って、
「それ以外に何であるというのだ?」
その瞬間、何かが心の中で破裂するのを感じた。
そうかと思うと、今までに感じたことのないような怒りが心の中からこみ上げてきて、指先に至るまでの全身にそれが浸透するような感覚に襲われた。体が怒りで震え、拳に力が入る。目は鋭くスカウルに向けられている。
「陛下…私はもう……あなたに忠誠など誓えない。」
呼吸は少し荒れて、声は震えている。
スカウルは声を上げて笑う。
「姉上を侮辱されて怒っているのか?クックック……お前という奴はわかりやすい男だな。」
「黙れ!!!」
グレイスの怒鳴り声が響き渡る。
「国民の事も考えずに自分勝手な考えだけで政策を決定し、自分の姉の事さえ大事に思わない、そんなお前に国王など務まるはずがない!!」
スカウルは不気味な笑みを浮かべている。その瞬間、殴りたい衝動が一気に溢れだし、気がついた時にはグレイスの拳はスカウルの顔めがけて飛んでいた。スカウルはすんでの所で顔をかわしたが、拳は頬をかすめ、微かな傷から赤い血がにじんだ。
それでもなお、スカウルは不気味な笑みを止めない。
「……私は……お前を一生許さない……!」
怒りに震えた声でそう言うと、グレイスは振り返り、怒りのおさまらぬままに部屋を出ていった。
「……ふっ…もう少し頭の良い男だと思ったんだがな。」
スカウルは軽く頬の血を拭った。
そして、声を張り上げて、バルダーノを呼びつけた。
「陛下!いががなされたのです、その傷は!」
バルダーノが驚いて声を上げた。
「いや…何でもないのだ。それより、お前にやって欲しい事がある。」
「は……?」
スカウルはまた、ニヤッと笑みを浮かべた。

To be continued...


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